反射炉跡 はんしゃろあと

日本の近代工場発祥の地

反射炉は、鉄を溶かして大砲を造るためのものです。
アヘン戦争後、日本では欧米列強の強力な艦載砲を備えた軍艦の来襲に危機感を持っていました。1851年、薩摩藩主に就任した島津斉彬は、富国強兵・殖産興業を唱え、集成館事業を興しました。
集成館事業の中核となったのが、鹿児島市磯に築かれた工場群「集成館」です。ここでは、製鉄大砲鋳造、洋式艦船の建造、製鉄や紡績、ガラス製造、活版印刷などが行われました。大砲の大型化・鉄製化を図るため、オランダの技術書の翻訳書を参考に西欧の鋳造技術を導入し、鉄を溶かして大砲を作る反射炉を建設したのです。
現在は、1857年に建設され、薩摩在来の石組み技術で精密に造られた2号炉の下部構造が残っています。かつては、この上に高さ16mほどの煙突がそびえ立っていました。
2015年7月5日に世界遺産一覧表に記載されることが決定した「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産のひとつです。


カテゴリー
歴史・史跡

基本情報

アクセス ・鹿児島中央駅からカゴシマシティビューで約50分「仙巌園前」下車
・鹿児島中央駅から車で約30分
・鹿児島駅から車で約15分
関連リンク 鹿児島エリアの構成資産(鹿児島市)
明治日本の産業革命遺産
尚古集成館

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