田代安定 たしろ あんてい・やすさだ

1857(安政4)年~1928(昭和3)年

南方植物の学者研究家として知られる。鹿児島市加治屋町に生まれた。

東京へ行って勉強し、国の役所である内務省に勤めたが一時、鹿児島に帰り県庁に入った。次いで、農商務省に移り、南方諸島の熱帯植物研究に打ちこんだ。特に、沖縄県八重山諸島の動植物・民族の調査に力を入れ、政府に八重山を開発するよう申し入れた。しかし、政府がこの申し入れを断わったことに腹をたて、職を辞めた。

その後、東大調査員として、沖縄県の石垣島や入表島の植物と民俗や習慣を調べあげた。また、台湾でキナなどの有用植物の研究と栽培に努力した。「東京人類学」という雑誌に発表した「薩南諸島の風俗余事について」という論文はたいへん価値のある資料といわれている。わが国の熱帯植物研究の第一人者といわれるとともに、八重山諸島開発の先駆者となった。

晩年、鹿児島高等農林学校に勤めて、南方の有用植物の指導にあたった。

(出典:「鹿児島市の史跡めぐり人物編」鹿児島市教育委員会・平成2年2月発行)


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歴史・史跡

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