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更新日:2013年4月1日

町田 久成(まちだ ひさなり)

1838(天保9)年~1897(明治30)年

町田久成鹿児島市新照院町に薩摩国日置石谷(現在の鹿児島市石谷町)領主、町田久長の長男として生まれる。

1865年、久成が28歳のとき、薩摩藩留学生の監督役としてイギリスに渡った。当時、薩摩藩は外国の進んだ知識を青少年に身に付けさせようと「薩摩開成所(かいせいじょ)」という学校を創設。1863年の薩英戦争後、薩摩は外国の進んだ技術や文化を取り入れようと、密かにイギリスに留学生を送っていた。

久成は、イギリスの大英博物館やフランスのルーブル美術館、パリ植物園、万国博覧会などを見学し、外国の文化のすばらしさに感動するとともに、祖国日本の城や神社、寺院、自然のすばらしさを振り返り、それらを大切にしていこうという思いをもった。

帰国後、明治政府において外国関係の仕事に携わり、その後、文部省(現在の文部科学省)に入り、文化に関する仕事をするようになった。日本の伝統的な文化より、西洋文化が大事にされている様子を見て、文化財の保護や調査に力をそそぎ、博物館や植物園、動物園をつくることも唱えた。1882(明治15)年、東京上野の国立博物館(現在の東京国立博物館)の初代館長になる。

(参考:「もっと知ろうよ維新のまち」鹿児島市・平成23年3月発行)

 

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