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更新日:2015年7月10日

明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業 鹿児島の構成資産

世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」

  日本は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、製鉄・製鋼、造船、石炭産業の重工業分野において、急速な産業化を遂げました。この「明治日本の産業革命遺産」は、産業化の道程を、時間軸に添って証言する一連の産業遺産群(現役産業施設を含む)により構成されており、西洋以外の地域で初めて、かつ極めて短期間に急速な産業化が達成されたという点において普遍的価値を有しています。

 8県11市にまたがる23の構成資産のうち、鹿児島市には「旧集成館(反射炉跡、旧集成館機械工場、旧鹿児島紡績所技師館を含む)」「関吉の疎水溝」「寺山炭窯跡」の3つの資産があります。

日本初の西洋式工場群「集成館」

 嘉永4(1851)年に薩摩藩主となった島津斉彬は、欧米列強のアジア進出に危機感を抱き、日本を強く豊かな国にするため、近代的な技術の導入を始め、「集成館事業」を興しました。その事業の中核となったのが、日本初となる西洋式工場群「集成館」です。「集成館事業」では、鉄やガラス、陶器、薬品、織物などの製造をはじめ、艦船の建造、大砲などの武器製造や蒸気機関、電信、写真などの技術開発に至るまで幅広く研究、製造に取組みました。

特集世界遺産1 集成館事業の中心となった磯地区は、今でも見どころもたっぷり。その一つ、「反射炉跡」では、鉄鉱石や砂鉄を溶かして造った銑鉄を反射炉で再び熔かして鋳型に流し込み、大砲の砲身を造っていました。精密に組まれた石組みや、山からの湿気を断つための通気口も確認できます。

特集世界遺産2 「旧集成館機械工場」は、日本で最も古い洋式石造工場です。「ストーンホーム」とも呼ばれる洋風建築ですが、基礎部分には亀腹石と呼ばれる和風の建築様式を採用。この亀腹石を用いることで水はけをよくしていました。現在は尚古集成館本館として島津家の歴史・文化と集成館事業を伝える博物館として親しまれています。

特集世界遺産3 これらから少し離れたところにあるのが「旧鹿児島紡績所技師館」(通称異人館)です。日本で初めて設置された洋式紡績工場である鹿児島紡績所で技術指導にあたったイギリス人技師の宿舎として建てられた木造2階建の建物で、見た目は洋館ですが、ドアノブが襖の取手と同じ位の高さに付けられているなど、ここでも設計に日本の建築技術が使われています。                  

集成館の動力源「関吉の疎水溝」、燃料源「寺山炭窯跡」

   磯地区には、当時、大砲鋳造のための様々な施設や蒸気機関の研究所、紡績所、ガラス工場などが立ち並んでいました。これらの工場や施設を動かすために利用されたのが水力や木炭です。

特集世界遺産4  集成館の近くを流れる川は水力が乏しく、背後の吉野台地を流れる稲荷川の水を堰き止めて水路に取り込みました。この取水口跡が構成資産の一つ「関吉の疎水溝」です。台地上に微細な勾配を付け築かれた約7kmの水路は、現在でも一部を農業用水路として使られています。

特集世界遺産5  また、良質な石炭が取れなかった薩摩藩では、質が高く火力の強い木炭(白炭)の製造に力を注ぎました。構成資産の一つ「寺山炭窯跡」では、シイやカシを使った火力の強い白炭が焼かれたと言われています。

 

 これらの構成資産以外にも薩英戦争時に使われた砲台跡など、市内各所に近代化産業遺産に関連する史跡が点在。パンフレットや資料片手に訪ねてみてはいかがですか。