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更新日:2013年4月1日

高木兼寛(たかぎ かねひろ)

1849(嘉永2)年~1920(大正9)年

薩摩藩郷士・高木喜助兼次の長男として日向国諸県郡穆佐郷(現・宮崎県宮崎市)に生まれる。

18歳のときから薩摩藩蘭方医の石神良策に師事、戊辰戦争の際には薩摩藩兵の軍医として従軍した。

1869(明治2)年、開成所洋学局に入学し英語と西洋医学を学ぶ。

1870(明治3)年、薩摩藩によって創設された鹿児島医学校に入学し、校長のウィリアムス・ウィリスに認められて教授に抜擢される。

1872(明治5)年、海軍医務行政の中央機関・海軍軍医寮(後の海軍省医務局)の幹部になった石神の推挙により一等軍医副(中尉相当官)として海軍入り。海軍病院勤務の傍ら病院や軍医制度に関する建議を多数行ない、この年に大軍医(大尉相当官)に昇進。

1875(明治8)年、英国聖トーマス病院医学校に留学。英国外科医・内科医・産科医の資格と英国医学校の外科学教授資格を取得し、1880(明治13)年に帰国。

帰国後は東京海軍病院長、海軍医務局長、海軍軍医総監の役職などを歴任した。

長男は医学者の高木喜寛、次男は医学者の高木兼二。

 

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